@ 1H NMR

1H NMRでは様々な形をしたシグナルが観測される。下は、とあるインドールアルカロイドの1H NMRを示している。



たとえば、1.14 ppmには2つに分裂した大きなシグナル、2.14 ppmには4つに分裂した小さなシグナル、3.71 ppmにはいくつに分裂しているかわからないような小さなシグナル、3.91 ppmには分裂していない大きなシグナル、また低磁場側、7.22 ppmには3つに分裂した小さなシグナルが観測される。
これらのシグナルはそれぞれ固有のケミカルシフト (ppm)カップリング(分裂様式)積分値(プロトンの数)をもっている。

ケミカルシフト (ppm)はプロトンがチャート上のどこに存在しているかを示し、水素原子核の周辺の電子密度等に依存する。



上図は種々の構造中における青丸で示したプロトンのとりうるケミカルシフト値を示している。構造解析をする上で基本となることなので是非憶えて頂きたい。

カップリング(分裂様式)はプロトンがどのような形をしているかを示し、下図のような関係にある磁気的に非等価なプロトンの数と、結合角度に依存する。



多重結合が関与しないプロトンについては、通常、geminal、vicinalのカップリングのみ考えればよい。ただし、6員環構造で1,3位のプロトンが共にエクアトリアルの場合は、4 bondのW型ロングレンジカップリングをする可能性があるので注意する。多重結合が関与する場合は、4 bond、5 bondのカップリングの可能性も考慮する。



geminalのカップリング定数は通常大きく、10〜20 Hzである。
ただし、エキソメチレンの場合は0〜10 Hzの数値をとる。

一方、vicinalのカップリング定数は下図のように二面角に依存する。



二面角が0、180度に近いときは、大きな値をとり、90度に近いときは、0に近い数値をとる。



例として上図のHaは、Hbとgeminalカップリング、Hc、Hd、Heとはそれぞれの二面角に応じたvicinalカップリングをし、計4回の分裂(dddd)をした複雑な形を示すことが予想される。

積分値(プロトンの数)はプロトンシグナルの面積を示し、各プロトンの積分値の比は化合物中の各プロトンの数に比例する。
たとえば、1.14 ppmのシグナルの積分値(緑の部分の面積)を3としたとき、2.14 ppmのシグナルは1、3.71 ppmのシグナルは1、3.91 ppmのシグナルは3、7.22 ppmのシグナルは1の積分値を有する。このことより、1.14 ppm、3.71 ppmのシグナルはメチル基であり、その他はCHまたはCH2の1つのプロトンであると推測できる。

ここで、下のようなA〜Gのプロトンのケミカルシフト値、カップリングを求めてみよう。なお、すべて1プロトン分とし、600 MHzのNMRを用いたとする。



ケミカルシフト値はシグナルの重心より得られる。

Aはダブレット。
ケミカルシフト値は
(4.1975+4.1825)/2 = 4.19 より4.19 ppm
カップリングは2つのピークの頂点の差に600を乗じることで得られる。
(4.1975-4.1825)*600 = 9.0 Hz

Bは4つのピークの高さがほぼ等しいので典型的なdd(ダブルダブレット)である。
ケミカルシフト値は(4.2668+4.2188)/2 = 4.2428 の小数点以下第3位を四捨五入した4.24 ppmである。
カップリングは(4.2668-4.2488)*600 = 10.8 Hzと
(4.2488-4.2188)*600 = 18.0 Hzである。

Dは3つのピークが1:2:1の高さであるトリプレットである。
ケミカルシフト値は中央のピークからとった2.5020の小数点以下第3位を四捨五入した2.50 ppmである。
カップリングは(2.5260-2.5020)*600 = 14.4 Hzである。
トリプレットは隣接するメチレンが等価な場合のみ使うとよい。(鎖状構造の場合)
それ以外の場合はddと表現する。

Cはトリプレットがさらに小さなカップリングをした形をしている。6員環中のアキシアルプロトンに典型的な形である。
ケミカルシフト値は(8.7671+8.7621)/2 = 8.7646の小数点以下第3位を四捨五入した8.76 ppmである。
カップリングは(8.7921-8.7671)*600 = 15.0 Hzが2つと
(8.7671-8.7621)*600 = 3.0 Hzである。

Eは4つのピークが1:3:3:1の高さであるカルテット。Bとは各ピークの高さが均一ではないので認識に注意する。
ケミカルシフト値は(8.7972+8.7371)/2 = 8.76715の小数点以下第3位を四捨五入した8.77 ppmである。
カップリングは(8.7972-8.7371)*600/3 = 12.02の小数点以下第2位を四捨五入した12.0 Hzである。
カルテットは隣接するプロトンがメチルの場合のみ使うとよい。
それ以外の場合はdddと表現する。

それぞれ下のようにまとめる。

ケミカルシフト値 (プロトンの数, カップリング様式, 一番大きい結合定数, 二番目に大きい結合定数・・・)

すると、A〜Eはこのようになる。

A : 4.19 (1H, d, 9.0)
B : 4.24 (1H, dd, 18.0, 10.8)
C : 8.76 (1H, ddd, 15.0, 15.0, 3.0)
D : 2.50 (1H, t, 15.0) または 2.50 (1H, dd, 15.0, 15.0)
E : 8.77 (1H, q, 12.0) または 8.77 (1H, ddd, 12.0, 12.0, 12.0)

※トリプレット、カルテットをdd、dddと表現する場合は、結合定数の個数も増やす。

A〜Eのようなプロトンはよく見られるものなので、上記の解析法は是非憶えて頂きたい。

A 13C NMR



13C NMRからわかることは、化合物中における炭素原子の数と、電子状態に依存するケミカルシフト (ppm)である。
全てのシグナルはシングレットであり、1H NMRのように結合定数を求める必要はない。炭素原子に結合しているプロトンの数が多いと、測定が容易であったり、シグナルの身長が高くなる傾向がある。ケミカルシフトは小数点以下第2位を四捨五入すると良い。




上図は種々の構造中における青丸で示した13Cのとりうるケミカルシフト値を示している。構造解析をする上で基本となることなので是非憶えて頂きたい。

B HSQC・HMQC



HSQCまたはHMQC からは、Ha と 1 bond の距離にあるC1 との相関が得られる。



例として41.3 ppmのカーボンから右になぞっていくと、水色のクロスピーク2つにぶつかる。ぶつかったところで、今度は上になぞっていくと、2.14 ppmと2.96 ppmのプロトンに行き当たる。このことは41.3 ppmのカーボンにそれら2つのプロトンが結合していることを示す。同様に52.7 ppmのカーボンは、3.91 ppmのプロトンと相関があることがわかる。3.91 ppmのプロトンの解析を踏まえると、メトキシ基の存在を示す。

C 1H-1H COSY



1H-1H COSY ではカップリングしているプロトン同士の相関が得られる。
上図ではHaに注目した場合、 Hb, c, d との相関が得られる。
(Ha から 2, 3 bond の距離にあるプロトンとの相関が得られる)



チャートを黄色と青色の三角で区切っていますが、二つの領域は対称になっており、どちらか片一方を全て解析すればよい。
(水色の領域は解析する必要はないが、稀に相関が紛れることがあるので注意する。)



たとえば、aとa'の相関はどちらも、1.33 ppmと2.86 ppmのプロトンの相関を表しているので、両方を解読すると、二度手間になる。
1H-1H COSY では主にgeminal、vicinalのカップリングが観測される。その他のロングレンジカップリングは弱く観測される。
上述のHSQC、HMQCと組み合わせることで化合物の部分構造をつくることができる。

D HMBC



HMBC からは、Ha から3 bond までの距離にある C1, C2, C3, C5, C6 との相関が得られる。



黄色で示した3つの相関は、1.14 ppmのプロトンと53.2 ppm、70.0 ppm、72.6 ppmのカーボンとの相関をそれぞれ示している。このことは、3つのカーボンが1.14 ppmのプロトンから2、3 bondの距離にあることを示唆する。しかし、NMRサンプルの濃度が濃い場合や、プロトンとカーボンのカップリングが強い場合は、4 bondの相関が観測されることがある。(弱め)1.14 ppmのプロトンと53.2 ppmのカーボンの相関は実は4 bondの相関である。

一方、水色で示した相関は、プロトンを中心に2つに分裂している。これは1 bondのHMBC相関に特徴的である。
このような相関は、ときに、他の相関と混同させられることがあるので注意する。

E NOESY



NOESY からは、Ha と空間的に近い距離にある Hb, c, d, e, i との相関が得られる。



NOESYは主に、相対配置を帰属するときに用いる。1H-1H COSY同様、黄色と青色の領域は、ほぼ対称になっているが、相関が乏しい場合などは、両方をしっかり解析した方がよい。NOESYにおいては、1H-1H COSYでも観測されるような、結合的に近いプロトン (2,3bond) との相関が見られても不思議ではありません。したがって、NOESYのチャートから、1H-1H COSYのチャートで見られる相関を除いた情報が特に有用な情報と言える。緑色で示した相関は、1H-1H COSYでは観測されないNOESY相関を示しています。このような情報を詳細に集める事で、相対配置を推測することができるかもしれません。