とあるインドールアルカロイドの(分子量356)の構造解析の手順。

@ 13C NMRより、明らかにベースラインから突出しているシグナルのケミカルシフトを読み取る
 (小数点以下第2位を四捨五入)



49 ppmにある7本は測定溶媒(重メタノール)由来のものなので無視する。

A HSQCを解読し、各炭素原子に結合しているプロトンの重心のケミカルシフトを付け加える。
(小数点以下第3位を四捨五入)
HSQCで、炭素原子に結合しているプロトンが見つからなかった場合は、四級炭素の可能性がある。
黒い相関はCH3またはCH、赤い相関はCH2であることを示している。(測定方法により区別をつけられる)



拡大図1
拡大図2



ここまでで下のような表を作れる。(Chem Draw上で構造解析するならば、右下のように1Hと13Cをセットにすると便利)



B 1H-1H COSYを解析し、炭素原子間の結合を明らかにする。
1H-1H COSYにおいては主に2-bond (geminal)、3-bond (vicinal)、さらには一般的に弱いが、
4,5-bond (long range coupling)の関係にある1H同士間の相関が観測されうる。





チャートの赤枠で囲んだ部分(対角線上)は解析する必要がない。しかしながら稀に有用な相関が紛れることがある。
青枠と黄枠の領域については通常対称になっているのでどちらか片方の相関を解析すればよい。

拡大図1


例として、aとa'はどちらも1.33 ppmと2.86 ppmのプロトンの相関、bとb'はどちらも2.14 ppmと2.96 ppmのプロトン
の相関を示している。

拡大図2


a〜oの相関をまとめると下図の緑枠のようになる。



上図の相関が意味することは、下図のような部分構造があるということ。



ここで各部分構造中の炭化水素のケミカルシフトについて考察する。

まず部分構造
Aについては、全てのプロトンが7 ppm前後、全てのカーボンが100 ppm以上の低磁場領域
に属していることから、インドール環のベンゼン環部分であると考えられる。

また、部分構造Bのメチン(4.66 ppm; 62.7 ppm)、部分構造Cのメチレン(3.33 ppm, 3.72 ppm; 53.5 ppm)、
部分構造Dのメチン(3.58 ppm; 70.0 ppm)はプロトン、カーボン共に低磁場領域に属している事から、
ヘテロ原子に結合していると考えられる。

ちなみに、部分構造Bのメチン(3.30 ppm; 34.2 ppm)はカーボンのケミカルシフト値が40 ppm以下なので
ヘテロ原子には結合していないと考える。同様に部分構造Cのメチレン(2.14 ppm, 2.96 ppm; 41.3 ppm)は
一つのプロトンが2.14 ppmと高磁場領域に属しているのでヘテロ原子には結合していない(完全には否定
できない)と考える。

一方、部分構造が作られていない残りの四級炭素、炭化水素についても考察すると、
メチレン(2.94 ppm, 3.29 ppm; 53.2 ppm)とメチル(3.91 ppm; 52.7 ppm)は両方ともヘテロ原子に結合
していると考えられる。四級炭素(72.6 ppm、145.4 ppm、169.4 ppm、170.4 ppm)についてはヘテロ原子に
結合している可能性が考えられる。
カーボンが約170 ppm以上であるならば、それはエステルやアミドのカルボニルである可能性を考える。

以上を大体まとめると下図のような構造を作ることができる。



つづいてHMBCを解析する。HMBCはプロトンから2,3 bondの距離にあるカーボンへの相関が観測される
かもしれない。(1 bondの相関はプロトンのケミカルシフト値を中心に分裂型クロスピークとして観測される
かもしれない。4 bondの相関が得られることもあるが、一般的に弱い。)

したがって、なにも考えずに解析をしようとすると相関が多すぎて、混乱すること間違いなし。
既に作り上げた部分構造を考慮して、どこから解析するか考える必要がある。

3 bond内の距離に、結合が明らかになっていないカーボンが1つだけ存在するプロトンを探す。



すると、上図に黄色で示した3つのプロトン(6.98 ppm、7.22 ppm、1.14 ppm)のみが当てはまる。
その他のプロトンについてはカーボンが複数個見つかるので除外する。

6.98 ppmのプロトンからはメチン(7.44 ppm; 121.0 ppm)に結合している炭素がHMBCで観測されるかもしれない。
7.22 ppmのプロトンからはメチン(7.04 ppm; 111.8 ppm)に結合している炭素がHMBCで観測されるかもしれない。
1.14 ppmのプロトンからはメチン(3.58 ppm; 70.0 ppm)に結合している炭素がHMBCで観測されるかもしれない。
このような期待をもとにHMBCスペクトルを見てみる。





上図では6.98 ppmのプロトンから133.6 ppm、145.4 ppmのカーボンへのHMBC相関をピックアップしている。
3 bond内には1つしかカーボンがない予定だったが、2つ観測されていることから、1つは4 bondの相関である
と考える。この場合は、強く相関が出ている133.6 ppmのカーボンが3 bond、弱い145.4 ppmのカーボンは
4 bondの関係であるとする。

さらに、7.22 ppmのプロトンと133.6 ppmおよび145.4 ppmのカーボンへのHMBCも観測されている。
こちらの場合は、相関の強さが上とは逆になっている。したがって、145.4 ppmのカーボンが3 bond、
133.6 ppmのカーボンは4 bondの関係であると推定する。



ここでインドール環の窒素原子はどこにあるかを考える。
炭素原子よりも窒素原子に結合しているカーボンのケミカルシフト値のほうが低磁場側になるので上図では
左が正しい構造と推定する。




一方、こちらは1.14 ppmのプロトンから観測されるHMBC相関をピックアップしている。
1.14 ppmのメチルプロトンは15.3 ppmのカーボンとは1 bondの関係なので分裂型クロスピークが観測されている。
また、約53 ppm、70.0 ppm、72.6 ppmの3つのカーボンとの相関が観測されている。
その中で約53 ppmのカーボンとの相関は他のものと比べて弱いため、4 bondの相関と考え、72.6 ppmの
カーボンが3 bond内、すなわち、メチン(3.58 ppm;70.0 ppm)と結合していると推定する。

ここまでで下図のように構造解析ができている。



ここで、再度3 bond内の距離に、結合が明らかになっていないカーボンが1つだけ存在するプロトンを探す。
すると今度は、部分構造Aの7.44 ppmのプロトンだけが当てはまる。
7.44 ppmのプロトンと強いHMBC相関を示しているものを探すと、下図の55.8 ppmのカーボンがみつかる。



したがって下図部分構造を作る事ができる。



さらに55.8 ppmのカーボンに結合しているものを明らかにするにはどうすればよいか?
仮に直接133.6 ppmのカーボンにプロトンが結合しているならば、それからHMBCを解析していけば、
55.8 ppmに結合している炭素を明らかにできるが、実際にはプロトンは存在しない。

そこで、今度は、133.6 ppmのカーボンにHMBC相関を示すプロトンを探す。
(もちろん部分構造
Aに属していないものの中から。)



すると2.14 ppm、2.96 ppm、4.64 ppmのプロトンが見つかる。
これを図示すると、下図のようになり、3つのプロトンは全て3 bondの相関であると考えられる。



ここで再度、3 bond内の距離に、結合が明らかになっていないカーボンが1つだけ存在するプロトンを探す。
候補として上図黄色で示した2.14 ppm、2.96 ppm、3.33 ppm、3.72 ppmの4つが挙げられる。



2.14 ppm、2.96 ppmのプロトンから新たに発見されたカーボン169.4 ppmは55.8 ppmのカーボンに結合している
と考えられる。



また、3.33 ppmのプロトンからは62.7 ppm、3.72 ppmのプロトンからは53.2 ppmのカーボンがそれぞれ相関して
いるとわかった。
前者の相関はメチル(3.91 ppm; 52.7 ppm)の1 bond 分裂型クロスピークと多少重なっている。
以上をまとめると下図のようになる。



メチレン(3.33 ppm, 3.72 ppm; 53.5 ppm)からはヘテロ原子を介して2つのカーボン(53.2 ppm、62.7 ppm)への
HMBC相関が観測された。このことは、ヘテロ原子が窒素原子であることを示唆する。
さらに解析を続ける。今度は1.33 ppmと2.86 ppmのプロトンから新たなカーボンへの相関を探す。
見ての通り、それらのプロトンから3 bond内の関係にあると考えられる新たなカーボンは、34.2 ppmのカーボン
と結合していることになる。



上図からは1.33 ppmのプロトンと72.6 ppmのカーボンの相関を拾える。



上図からは2.86 ppmのプロトンと100.0 ppmのカーボンの相関を拾える。
さらに、3.91 ppmのメチルプロトンに注目する。このメチル基(3.91 ppm; 52.7 ppm)は典型的なメトキシ基の
ケミカルシフト値であり、そのプロトンから170.4 ppmのカーボンにHMBC相関があることから、メトキシカルボニル基
の存在が示唆され、その上、100.0 ppmのカーボンへの4 bondの相関が観測されていることから、100.0 ppmの
カーボンにメトキシカルボニル基が結合していることが推定される。以上より下図の構造を作る事ができる。



次に注目するのは、169.4 ppmと100.0 ppmのsp2混成と考えられる2つのカーボン。
既に全てのカーボンを使い切っているので、これら2つが結合していると非常に都合がよい。
そこで、これらが結合しているという証拠を探す。
どちらかのカーボンに隣接しているプロトンから、残るカーボンへのHMBC相関が発見されればよいかもしれない。
ここではメチン(3.30 ppm; 34.2 ppm)から169.4 ppmのカーボンへのHMBC相関を探す。



思惑通り、3.30 ppmのプロトンから169.3 ppmのカーボンへのHMBC相関が発見された。



上図の構造までできた。
メチレン(2.94 ppm, 3.29 ppm; 53.2 ppm)にこれ以上へテロ原子が結合するとケミカルシフトが大きく
低磁場シフトするので、72.6 ppmの炭素原子に直接結合していると考えられる。



2.94 ppmのプロトンと70.0 ppmのカーボンにHMBC相関が観測されている。
53.2 ppmと72.6 ppmのカーボンが結合していて問題なさそうである。



分子量が356より、本化合物の平面構造は上図のように推定できた。